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長崎県は有田焼産地の佐賀県と隣接していることから「波佐見焼」「三川内焼」といった陶磁器の生産が盛んなほか、「長崎べっ甲」や「若田石硯」など優れた工芸品が多い地域です。

また、オランダやポルトガル、中国などとの貿易の要所であったという歴史的背景から、西洋アンティークや唐物の茶道具などが遺品整理などの際に見つかることも少なくありません。

一見するとそれほど価値がないように見えても思わぬ価値がつくことがありますので、古い陶磁器や工芸品、茶道具などの売却をご検討の際はぜひご相談ください。

専門的な知識と豊富な経験を持つ査定士が価値を判断し、適正な買取額を提示させていただきます。

長崎県での買取事例

    長崎県にゆかりのある骨董品

    波佐見焼(はさみやき)

    波佐見焼は江戸時代初期頃から長崎県波佐見町で作られるようになった陶磁器です。 初期には施釉陶器が作られていましたが、次第に染付磁器や青磁が作られるようになり、江戸時代後期には染付磁器として生産量日本一となりました。 隣接する有田では華やかな絵付けが美しい献上品や高級品が作られていたのに対し波佐見では日常使いに適した一般大衆向けの雑記がられており、江戸時代には淀川の商人が舟の上で食べ物を売る「くらわんか舟」で使用する「くらわんか碗」として愛されていました。波佐見焼のくらわんか椀は手に馴染む優しいフォルムと素朴でありながらどこか風情のある絵付けから人気があり、状態などによってはそれなりの価値がつくことがあります。 また、日本から醤油や酒を輸出するときに使用された波佐見焼の「コンプラ瓶」は輸出用に作られていたことから現存数が少なく、時代などによっては希少価値がついて高値で取引されることもあります。

    三川内焼(みかわちやき)

    三川内焼は、献上品や藩主のための器として江戸時代から作られ始めた陶磁器で、長崎県佐世保市周辺で作られています。 「透かし彫り」や「手捻り」などの技法で作り上げた薄造りの白磁に藍色の絵付けが施された繊細優美な作風が特徴で、17世紀後半には中国やヨーロッパに輸出されるなど海外でも人気を博しました。 富裕層に向けて作られた品が多いことから価値が付きやすい三川内焼ですが、蝶とたわむれる子供を描いた「唐子絵(からこえ)」など三川内焼独自の絵付けが施された品は特に人気が高く、状態によっては高い価値が付きます。 皿などの器の他、花瓶、香炉、香合、置物など芸術性の高い品が作られています。

    現川焼(うつつがわやき)

    現川焼きは現在の長崎市で焼かれていた陶器です。 1691年(元禄4年)から焼かれ始めた現川焼は、鉄分の濃い粘土で作られた大胆な形と刷毛目模様、四季折々を描いた図柄が特徴で「西の仁清」「刷毛目文様の極致」と称されていましたが約60年で姿を消し、その技法も途絶えてしまいます。 このことから「幻の陶器」とも呼ばれていた現川焼きですが、1602年に松浦藩内に築かれた「臥牛窯」の12代横石臥牛が現川焼の再現に成功し、現在は臥牛窯で焼かれるようになりました。

    亀山焼

    亀山焼は江戸時代後期の長崎で作られた陶磁器で、白磁に文人画風の絵付けや長崎特有の異国情緒を感じさせる図柄などが描かれているのが特徴です。約50年しか焼かれていなかったことから現存数が少なく、幻の焼き物として収集家の間で珍重されています。

    長崎べっ甲

    べっ甲はタイマイというウミガメの甲羅から作る工芸品で、その加工技術は17世紀に中国から日本に伝わったといわれています。 長崎は江戸時代に海外貿易が許されていたことから材料が入手しやすかったということもあり、江戸時代からべっ甲細工の産地となりました。 厚みや色合いを絶妙に調節したべっ甲に彫刻を施して作られた櫛やかんざし、笄(こうがい)といった長崎べっ甲の装飾品は各地の大名などに愛されただけではなく、さまざまな国に開港された江戸時代後期には外国人からも高い人気を得ました。 現在、タイマイの国際間取引がワシントン条約によって禁止されているため、べっ甲細工は希少価値が高くなっています。そのため、長崎べっ甲は価値がつきやすく、色合いや細工の内容などによっては高額買取が期待できます。

    若田石硯(わかたいしけん)

    若田石硯は長崎県対馬市で産出する若田石から作られた硯で、紫式部が「源氏物語」を執筆する際に用いたともいわれている歴史ある硯です。 墨なじみがよく色がきれいに出ることで愛されているだけではなく、火山灰や砂などが水の中に堆積してできる「水成岩」ならではの模様の美しさからも人気が高く、書道家を始めとした多くの人から好まれています。

    古賀人形

    古賀人形は京都の伏見人形、仙台の堤人形とともに日本三大土人形の一つに数えられている伝統工芸品です。赤、青、黄、緑などの鮮やかな原色で色付けされた古賀人形は、シャモを抱えた中国人をモチーフとした「阿茶さん」、銃を持って漁に出かけるオランダ商館長をモチーフにした「オランダさん」、商館長の夫人の「西洋婦人」など、異国の人物を題材にしたものが多いことが特徴です。 京都の土器師が長崎に滞在した際、古賀村に住む小川小三郎に土器製造の技術を伝授したことから始まったといわれており、その技術は江戸時代から現在まで代々小川市に引き継がれています。

    長崎漆器

    長崎漆器は安土桃山時代から作られ始めた漆器です。初期は日本国内向けに作られていましたが、江戸時代に入って海外貿易が始まると輸出用として作られるようになりました。 堆朱、堆黒、沈金、蒔絵などの技術が用いられた長崎漆器は評価が高く、中でも中国から伝わった螺鈿の技術を用いた「長崎螺鈿」はその精緻な美しさからヨーロッパでも愛されていました。 しかし、明治時代から生産量が大きく現象しただけではなく、大正時代に入ると青貝を使った螺鈿細工の技術が途絶えてしまいました。 そのため長崎漆器は希少価値が高く、特に螺鈿が施された長崎漆器はかなりの高い価値がつく可能性があります。

    隠れキリシタン関係の品

    16世紀に日本に伝わったキリスト教は戦南蛮貿易が盛んだった地域を中心に広まりましたが、江戸時代に入ると禁教令が布告されて弾圧されるようになります。その結果、当時のキリスト教信者は密かに信仰を続ける「隠れキリシタン」となり、幕府の目を欺くために観音像を聖母マリアに見立てた「マリア観音」や十字架のデザインを意匠に取り入れた「切支丹鍔」などの品を生み出しました。 隠れキリシタンに関する品は歴史的・文化的価値が認められる品もあり、内容や状態によっては高い価値がつくこともあります。

    長崎県にゆかりのある作家・作品

    熊斐(ゆうひ)

    熊斐は江戸時代中期に活躍した長崎県出身の日本画家です。清の画家 沈南蘋の日本唯一の直弟子として知られており、中国の文人画の流れをくむ「南宋画」の第一人者ともいわれています。 沈南蘋の彩色花鳥画の技法を使った南宋画は「南蘋派」とも呼ばれ、その緻密な写生と鮮やかな彩色は当時の画壇に多大な影響を与えました。 中でも熊斐の作品は躍動感と生命力に満ちた作風が好まれ、尾張徳川家八代目藩主の徳川宗勝は清から絹を輸入して熊斐に絵を描かせるなど人気を博しました。 長崎歴史文化博物館に重要異文化財に指定された「鯉魚跳龍門図(登龍門図)」が所蔵されている他、愛知県の徳川美術館、兵庫県の神戸市立博物館などでも作品を観ることができます。

    木下逸雲(きのしたいつうん)

    木下逸雲は江戸時代後期の南画家で、長崎南画三筆の一人とされています。清国から輸入された書画や器物の鑑定などを行う「唐絵目利」であり、長崎派の絵師でもある石崎融思に画を学んだ後、清人画家の江稼圃や張秋穀から南画の技法を伝授され、さらに狩野派の絵や大和絵、西洋画などの技法を作品に取り入れる研究熱心な画家として知られているだけではなく、書や篆刻などにも秀でていたといわれています。長崎歴史文化博物館「秋景山水図」「蘭水仙図」「蓮塘図」などが収蔵されています。

    鉄翁祖門(てつおうそもん)

    鉄翁祖門は幕末の長崎で活躍した南画家で、長崎南画三筆の一人とされています。幼少より画を好んでいた鉄翁祖門は唐絵目利の石崎融思に漢画を習った後、清人画家の江稼圃に師事して南画を学びました。1820年に長崎市の春徳寺の住職となり、1850年に隠居した後は居室を「太素軒」として書画に没頭する日々を過ごしました。この時代を時代を特に太素軒時代といい、数多くの山水画や蘭竹画の名品を残しています。長崎歴史文化博物館に「蘭図」「秋景山水図」「蘭竹牡丹図」などが所蔵されており、蘭図の第一人者ともいわれています。

    三浦梧門(みうらごもん)

    三浦梧門は江戸時代後期の南画家で、長崎南画三筆の一人とされています。唐絵目利の渡辺秀実、石崎融思に画を学んだ後、中国の古書画や名品から画法を独学。宋代の文人画家、米芾・米友仁父子が始めたと伝えられる「米法山水」という画法を用いた作品を多く残しています。 また、山水画の他に人物図、花鳥図、土佐絵風の画、病気よけや病平癒に効果があるといわれる鍾馗(しょうき)図など多様な作品を描きました。長崎歴史文化博物館に「鍾馗禳魔図」 が所蔵されています。

    荒木十畝(あらきじっぽ)

    荒木十畝は明治から昭和にかけて活躍した長崎県出身の日本画家です。西洋絵画の影響を受けて変化する日本の画壇において、江戸時代以前の伝統を重視する保守派(旧派)のリーダー的存在として知られていますが、旧来の日本画の手法に西洋画の手法をとり入れるなど伝統にしがみつかない独自の画法が特徴です。 緻密で美しい花鳥画を得意としており、1904年のセントルイス万国博では銀牌を受けるなど海外でも高く評価されています。晩年の作品は特に評価が高く、掛け軸などは高値で取引されています。 長崎県美術館では「早春」「鶴」「鳳凰」「松木白鷹の図」などの作品を観ることができます。

    北村西望(きたむらせいぼう)

    北村西望は明治から戦後にかけて活躍した長崎県出身の彫刻家で、長崎平和公園の「長崎平和祈念像」や国会議事堂内の「板垣退助翁」の作者として知られています。 男性像を得意としており、初期の代表作である「晩鐘」や「怒涛」のほか、戦前に制作した「児玉源太郎大将騎馬像」「山県有朋元帥騎馬像」など、筋骨隆々とした健康的な男性像を数多く残しています。 また、戦後は平和、自由、宗教をモチーフとした作品を多く制作しており、長崎平和公園の「長崎平和祈念像」、広島市中央公園の「平和観世音菩薩像」など多くの平和祈念像を制作しました。 晩年は東京都武蔵野市で制作に励んでおり、井の頭公園に多数のモニュメントを寄贈しています。 巨大像やモニュメントなど大きな作品のイメージが強い作家ですが、一般家庭に飾れる大きさの置物なども多数手がけています。

    山下南風(やましたなんぷう)

    山下南風は異国情緒あふれる長崎の風景や歴史の一幕などを描いた版画家・染色工芸家・切り絵作家です。 柿渋を塗って乾燥させた和紙を切り抜いて型紙を作って版にする「合羽(かっぱ)版画」と呼ばれる独自の技法を確立したことで知られるほか、明治二十七年創業の料理旅館「坂本屋」のロゴや、長崎の郷土料理「東坡煮」の包装紙、商品箱のフタ絵等のデザインを手掛けるなど幅広く活躍しています。 版画、切り絵作品ともにキリッとした線と躍動感が特徴で、いきいきとした人物やどっしりとした建物などが独特なタッチで描かれています。 長崎県美術館に多数の作品が収蔵されているほか、長崎純心大学博物館に「天主堂と修道女」、長崎市役所に「春の灯」「夏の灯」「秋の灯」「冬の灯」「くれなずむ港」の五点が所蔵されているなど、長崎の各所に作品が残されています。

    柏本龍太

    柏本龍太は1973年に長崎県で生まれた画家で、1998年に二紀選抜展の優賞を受賞したのを皮切りにさまざまな功績を上げている現代の作家です。 太くどっしりとした筆致、躍動感のある人物やリズミカルな空間表現が特徴で、その独特な作風は海外からも高く評価されています。

    松尾敏男

    松尾敏男は1926年に長崎県で生まれた日本画家です。1943年から日本画家の堅山南風に師事し、1949年に行われた院展に「埴輪」が初入選して以降、「火口湖」「鳥碑」などの作品を院展に出展しました。優美な線と色彩の花鳥画を得意とすることから「花の松尾敏男」と称され、詩情あふれる作風から人気を博しました。 また、多摩美術大学で教鞭をとるなど後進の育成にも努め、文化勲章を受賞しています。長崎県美術館に「火口湖」「鳥碑」「長崎旅情」など多数の異作品が所蔵されている他、東京国立近代美術館などでも作品を観ることが出来ます。

    富永直樹

    富永直樹は1913年に長崎市に生まれた彫刻家です。東京美術学校(現在の東京芸術大学)で北村西望、朝倉文夫、建畠大夢らの師事を受け、在学中の1936年に日展の前身である文展で初入選をして以来、日展を中心に活躍します。 彫刻家として活動する傍ら工業デザイナーとしても活躍しており、カラー電話や家具調テレビなどをデザインしたことからインダストリアルデザインの祖とも呼ばれています。 長崎市平和会館前にある「原爆殉難教え子と教師の像」の他、長崎市の城山小学校の敷地内にある「少年平和像 (原爆子供記念碑)」など、写実てきで穏やかな中にも躍動感のある作品を多数残しています。

    山本森之助

    山本森之助は1877年に長崎市で生まれた洋画家です。1896年に洋画家の黒田清輝が主宰する天道道場に入門して外光派独特の明るい色調を修得。日本画的な落ち着いた描写と西洋画の写実的な技法を併せ持つ風景画を生み出し、その画風は「山本式」と呼ばれて人気を博しました。1907年から開設された文展に初回から出品し、3年連続受賞という快挙を成し遂げていますが、中でも第2回展の「曲浦」、第3回展の「濁らぬ水」は評価が高く、現在でも多くの人に愛されています。

    横手貞美

    横手貞美は1899年に宮崎市で生まれた画家です。1913年に移り住んだ長崎でフランス人の図画教師から指導をうけたことがきっかけで絵画に興味を持つようになります。上京して洋画家の小林萬吾のもとで石膏デッサンを学んだ後、洋画家・版画家である岡田三郎助の本郷絵画研究所に通って人体写生を研究。研究所で知り合った山口長男、大橋了介らとともにフランスへ渡って制作に励みます。フランスでは佐伯祐三とともに活動していましたが、佐伯祐三が亡くなったあとは独自の表現を追求し始めます。しかし、佐伯祐三が死亡した三年後、31歳という若さで帰らぬ人となってしまいました。 「楽器持つ女」「パリの裏街」「アトリエの中庭」「ビロード服の女」「モンマントルの道」など多数の作品が長崎県美術館に所蔵されています。

    鴨居玲

    鴨居玲は重く暗い色調で描いた人物と明るい色の背景の組み合わせや、嘆いているようにも笑っているようにも見える独特な表情など、人間や社会の闇や死などをモチーフとした独自性の高い作品を多く残した画家です。生年や出身地は詳しくわかっていませんが、1927年か1928年に長崎県人の両親のもとに生まれ、本人の本籍地も長崎県となっていたことがわかっています。 1946年に金沢美術工芸専門学校(現在の金沢美術工芸大学)に入学し、昭和を代表する洋画家の宮本三郎に師事。在学中から才能を認められていたものの作風が確立できずブラジルやヨーロッパを放浪しながら模索を続け、41歳となる1969年にようやく昭和会展優秀賞と安井賞をダブル受賞したことで世に躍り出ます。 受賞をきっかけに作風が定まった後はスペインに移り住んで制作に没頭。パリやニューヨークで個展を開催し世界的な画家として認められるようになりましたが、1985年に帰らぬ人となりました。 東京国立近代美術館が所蔵している「静止した刻」の他、「村のよっぱらい」「出を待つ」「おっかさん」など、老婆や酔漢、道化師を描いた作品が代表的です。

    古賀春江

    古賀春江は日本の初期シュルレアリスムを代表する画家で、大正時代と昭和初期に活躍した人物です。1985年に福岡県久留米市にある浄土宗の寺の長男として生まれましたが、長崎に住んでいた時期もあります。 初期はキュビズムの影響を受けた作品やクレー風の作品を描いていましたが、1929年頃から画風が変わってシュルレアリスムの作品を手掛けるようになり、1930年からは舞台装置の制作や装丁・挿絵の仕事を始めるようになりました。 ヨーロッパのシュルレアリスムとは異なる独自性の高い作品を生み出しましたが、幼少の頃から病弱であっただけではなく精神状態も悪く、1933年に39歳という若さで亡くなりました。 コラージュの手法を使った「海」や「鳥籠」「窓外の化粧」、絶筆となった「サアカスの景」などが代表作です。

    長崎県の骨董品買取可能エリア

    長崎県の市

    長崎市、佐世保市、諫早市、大村市、島原市、南島原市、雲仙市、五島市、平戸市、対馬市、西海市、壱岐市、松浦市

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