岩崎巴人水墨画掛軸
福岡県久留米市での岩崎巴人水墨画掛軸の買取
梅雨時期特有の蒸し暑さが漂う6月中旬、福岡県久留米市の古い町並みが残る地域にある一軒の家屋を訪れました。
門をくぐると、整理の最中らしく、庭にはいくつかの箱が置かれていました。庭の隅には、苔むした石灯籠が佇んでおり、この家の長い歴史を静かに物語っています。
玄関を開けると、屋敷整理の最中を思わせる物の動きや人の気配が感じられました。廊下には段ボール箱が積み重ねられ、すでに他社の業者が査定に訪れた形跡が見られました。壁には古びた家族写真が掛けられ、代々この家で暮らしてきた家族の歴史が感じられます。
案内されたリビングルームは、整理の途中であることが、そのまま状態でわかります。テーブルの上には鉄瓶や中国墨のセットが、棚には錫製の茶入れや紫砂の急須など、茶道具と思われる品々が日用品と混在して並んでいました。部屋の隅には、古い着物や帯が積み重ねられ、長年大切に保管されてきた様子が窺えます。
ご依頼者様は、「祖父の代から溜まってきたものばかりで、どれに価値があるのかさっぱりわかりません」と、もうお任せしますという感じで語られました。その表情には、家族の思い出が詰まった品々を整理する複雑な心境も滲んでいるようでした。
床の間には10本ほどの掛軸が置かれていましたが、その中の一幅が目を引きました。今回の買取事例の岩崎巴人による水墨画です。絵の余白に「一切諸法空觀」と書き添えられています。
岩崎巴人(1917-2010)は、昭和から平成にかけて活躍した日本画家です。60歳で浄土宗の僧侶となり、絵画と仏道を融合させた独自の画風を確立しました。水墨画の技法に優れ、晩年はNHK趣味講座「水墨画入門」の講師を務めるなど、その作品は広く認められていました。
この掛軸に描かれた仏像は、墨の濃淡だけで見事に表現されており、静謐さと同時に強い精神性を感じさせます。背景の薄墨で描かれた、ぽんぽんふわ~っとした何かと相まって、深い奥行きのある作品となっています。「一切諸法空觀」という言葉は、すべての存在は空であるという仏教の根本思想を表現しており、巴人の僧侶としての見識が作品に反映されていると考えられます。
「一切諸法空觀」は、般若心経の中心的な教えの一つです。「一切」はすべてを、「諸法」はあらゆる現象を指し、「空」は実体がないことを意味します。つまり、この世界に存在するすべてのものは、固定的な実体を持たず、相互に依存し合って存在しているという深遠な思想を表現しています。この思想を理解し、視覚的に表現することは非常に難しいものですが、巴人の作品はその深い洞察を見る者に伝えています。私見となりますが。
水墨画は、墨の濃淡だけで対象を表現する日本の伝統的な絵画技法です。色彩の華やかさはありませんが、その分、形や質感、空間の表現に高度な技術が要求されます。特に、余白の使い方は水墨画の重要な要素で、描かれていない部分にも大きな意味が込められています。巴人の作品では、この余白の使い方が絶妙で、描かれた仏像と背景の何か、そして余白が一体となって、深遠な世界観を表現しています。
作品の状態は軽く傷みが出ていますが、巴人の代表的な様式を示す名作です。近年、精神性の高い日本画への関心が高まっており、岩崎巴人の作品の評価も上昇傾向にあります。特に、仏教思想を深く理解し、それを独自の画風で表現した巴人の晩年の作品は、美術市場でも注目を集めています。
ご依頼者様に各作品の特徴や価値について説明させていただきました。巴人の作品については、その芸術性はもちろん、仏教思想との関連性や、現代の美術市場での評価についても詳しくお伝えしました。ご依頼者様は熱心に耳を傾けられ、「祖父がこの絵を大切にしていた理由がよくわかりました」と感慨深げに語られました。
この日は具体的な買取の話はせずに帰りましたが、後日ご依頼者様から「昨日査定してもらったものを全部買取してほしい」とのお電話をいただきました。
その際、ご依頼者様は「実は、知り合いの紹介で先日別の業者に査定を依頼したのですが、全体でわずかな金額しか提示されませんでした。初めはその業者にしようと思っていたのですが、アジアアートさんの対応と査定額を見て、やはりこちらにお願いしようと思いました」と話されました。その声には、他社から弊社への切り替えにはいろいろな配慮があったことが感じられました。
再度訪問した際、ご依頼者様は「実は見せていなかった古い石の入れ物があるのですが」と、中国の砡製の水盂を取り出されました。砡(ぎょく)は中国の硬石で、美術工芸品や装飾品としても珍重されています。
この水盂は、おそらく明代のものと思われ、その形状や彫りの深さから、当時の最高級品であることが窺えました。表面には精緻な蓮の模様が彫られており、その技巧の高さに目を見張るものがありました。また、長年の使用によって生まれた独特の艶が、この水盂に深い味わいを与えています。
中国では古くから、文人たちが自らの書斎に水盂を置き、精神を清めるとともに、墨を磨る際の水を汲むのに使用してきました。この習慣は後に日本にも伝わり、書道や茶道の世界でも重要な道具として扱われるようになりました。
岩崎巴人の水墨画掛軸は20,000円、砡製の水盂は130,000円で買取させていただきました。ご依頼者様は「他社は水盂を5,000円と言われたんです、何倍?あぁ26倍?」と落ち着いたトーンで、家族の遺品の真の価値を知ることができた安堵や、長年大切にしてきたものを手放す寂しさや、何か入り混じった感じの一言でした。
今回の経験から、価値ある美術品や骨董品が思わぬところに眠っていることを再確認しました。同時に、正確な知識と公正な査定の重要性も再認識しました。日本の各地には、まだ多くの埋もれた名品が存在すると考えられます。適切に評価され、必要に応じて保存や継承が行われるべきものです。
美術品や骨董品の価値は予想外のものである場合があります。そのため、複数の専門家の意見を聞くことをおすすめします。特に、家族の歴史が詰まった品々を査定する際には、単なる金銭的価値だけでなく、その品が持つ文化的、歴史的な意義も考慮に入れることが大切です。
また、美術品や骨董品の査定・買取を依頼する際は、以下の点に注意することをお勧めします:
1.複数の専門店で査定を受ける:一つの業者の査定額だけを信じるのではなく、複数の専門店で査定を受けることで、より正確な価値を知ることができます。
2.急がずに慎重に判断する:大切な品を手放すことは、時に感情的な決断を伴います。十分に考える時間を持つことです。
3.査定の根拠や理由をしっかり聞く:単に金額だけでなく、なぜその評価になったのかの説明を求めることで、品物の価値をより深く理解できます。
4.信頼できる業者を選ぶ:実績や評判、対応の丁寧さなどを総合的に判断し、信頼できる業者を選ぶことです。
今回の久留米市での経験を活かし、これからもお客様一人一人に寄り添った丁寧な査定と買取を心がけてまいります。美術品や骨董品は、単なる物ではなく、歴史や文化、そして人々の思いが込められた貴重な遺産です。それらの価値を正しく評価し、次の世代に伝えていくことが、私たちの役割だと考えています。
最後に、ご依頼者様の「家族の思い出の品々を手放すのは寂しいけれど、こうして価値を認められ、大切にされることを知って安心しました」というお言葉が印象に残りました。美術品や骨董品の買取りは、単なる商取引ではなく、歴史と文化の継承の一端を担う重要な仕事なのだと、改めて感じた次第です。引き続きよろしくお願い申し上げます。